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未知倶楽部コラム

近くのレストラン

2006年5月12日

イスラエル料理のレストランが1軒、私の家の近くにある。地中海系の料理を食べさせてくれる店は都内でも珍しい。しかし私が居住している地区はマンションが林立するようなコミュニティ。クリーニング店ならいざしらず、変わったレストランが立地するには決してふさわしくない。このレストランが開店したときはすぐに潰れるかな、と思った。

ところが開店から1年半が経過し、今は大盛況。どうして? ・・・今回はこの話を紹介しよう。

開店してすぐに、いちどヤジ馬根性でこのレストランを訪れた。正確に言うと、食事をしに入ったのではなく、そこで売っているベーグルを買いがてら、店内を偵察したわけである。

新装開店まもない頃。当然、店中の至るところがピカピカだ。外観は完全ガラス張り。つまりは全てが外から丸見え。なんだか落ち着かない。

決して大きくはない店内。4人掛けのテーブルが3卓と、2人掛けのテーブルがふたつ。階段があるということは一応2階席もあるのだろう。入り口から右手奥ははカウンターになっており、ショーケースにはベーグル、クッキー、ハムコールスローなどが陳列されている。そこがテイクアウトのレジカウンターだ。

奇妙なほどに目を引いたのは、レジカウンターの後ろに吊るされている電気仕掛けの掲示板。広くないフロアには派手すぎる電飾文字。ハンバーガーショップでもあるまいに、と思いつつ、良く目を凝らして見てみれば、単なるメニューの価格表だった。そこに書いてあるのはイスラエル料理のメニューなのか。どれにも馴染みがない。

ショーケースの中からお目当てのベーグルを手に取る。ふと目線を上げると、カウンターの向うに店長とおぼしき男の姿が目に入った。愛想の悪い外国人だ。腕を組みながら周囲を睨みつけている。

レジを打っていたのは日本人の若い女性。たぶんアルバイト店員。応対がぎこちない。何しろ、私だけでなく彼女も店長さんに睨まれているのだから。しかも彼女はこのベーグルを食べたことがないようだし、おそらくメニューの内容もよく分からないのだろう。私の問いかけに対して満足な受け答えをしてくれなかった。

ベーグルは美味しかった。でもあのギクシャクとした雰囲気に身を置くのはまっぴらだと思い、二度とこの店に入らないことと心に決めた。

ある晩には外から店内を覗いてみたこともあった。ユダヤ教の信徒らしき人たちのグループがレストランを占拠しているような風情。日本人の客もいるが居心地が悪そう。ますます入りにくい。

やがて季節は巡る。うだるような暑い夏が過ぎ、涼しい風が顔をよぎり、底冷えする日々を経てそしてまた新しい春が来た。

通勤途中にあるため、毎日のように目にするレストラン。季節が巡る間に、この店は少しずつ、しかし劇的に変化を遂げた。

ある日気付くと、あのギラギラしたハイテク掲示板は消えていた。そのかわりには手書きの素朴なメニュー表が掲げられた。

そしてまたある日、店の入り口の外に小さなショーケースがお目見えした。色鮮やかにイスラエル料理が並べられており、その料理の名前と由来を説明したカードも可愛らしく添えてある。それ以来このショーケースでは毎日違ったメニューが紹介され、レストランの客はもちろん、通行人の目をも楽しませている。

店の中を丸見えにしていたあのスケスケのガラスは、ユダヤ寺院を思わせるようなモザイク入りの美しいステンドグラスに変わった。もはや店内の客と目が合って気まずい思いをしなくて済む。

天気のよい日には、店の前に小さな丸テーブルと椅子を出して、フランスのカフェのような雰囲気を演出していた。そこはもちろん公道なのだが、外国人店長に日本の法律うんぬんと文句を言うような無粋な人はいない。そもそも、あの愛想の悪い店長は奥に引っ込んで、客の前に姿を見せなくなった。これは何よりもめざましい進歩だ。

そして現在。このレストランでは外国人客と日本人客がほぼ半々で、彼らが独特の異文化交流ワールドを作っている様子。快活な笑い声さえ漏れ聞こえる。夜はいつも大賑わい。

そういえば、私の住む近所にはこのレストランのほか、焼肉屋、ステーキハウスなどもある。この街に住み7年。これらの店が客で賑わっているのを見たことがない。レストランに不向きだと誰もが信じてきた街。そんなジンクスをぶち破ったのは、地中海に面した小さな国から来た無愛想な外国人だったのだ。

いつでも行けると思っていた店が、今や予約なしでは入ることもできないような遠い存在になってしまった。私もそろそろ予約を入れようと思っている。

執筆者

未知倶楽部室 室長 賦勺尚樹

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