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未知倶楽部コラム

近くの水族館

2007年05月07日


我が家の比較的近くに水族館がある。最寄のバス停からバスに乗って 10分程のところにある。某ホテルの中にある水族館で、恐らく東京に 住んでいる子なら一度は訪れたことがある有名な水族館である。先週末、 7歳になる娘とそこを初めて訪れた。

いや本当は、そこのホテルにあるシネコンで「ゲゲゲの鬼太郎」を見たあと 直ぐ帰宅する予定だったのだけど、映画終了後、娘に水族館に行きたいと せがまれ気乗りがしなかったのだが訪れたのである。 子供にせがまれてそのまま受けるのは親の沽券に関わることだが、そもそも 「ゲゲゲの鬼太郎」は私が観たいから娘をけしかけたという背景があり、 強硬に駄目とは言えない弱みが私にはあったのである。

ゴールデンウィークに入ったばかりの日であったが、遠出しない、遠出 できない人たちが沢山押し寄せていた。

入ってすぐさま水中トンネルを潜ることとなる。エイやらサメやらがガラス にへばりつくように泳いでいるが、それを見上げてキャーと興奮気味 に声を上げ携帯で写真を撮っている人を沢山見かける。泳いでいる魚に あざけられているようで妙に哀れさを感じる。

ところで、ここの水族館は各水槽にどの魚が泳いでいるかの案内がない。 入り口で各水槽に泳いでいる魚の名前が書かれた小パンフレットを もらうのだが人が多すぎて落ち着いて開いて見る暇も無く、また照明 が暗いのでその場で読めない。尤も老眼の私には何れにしても この場では読めないが。。

ともかく人が多すぎて疲れてしまう。まあ、都会のこの手のアミューズ メント施設はこんなもの、文句を言っても仕方が無い。折込済みである。

さて、ほどなく狭い館内にアナウンスが響く。

「12時に予定しておりますアシカのショーですが、只今立ち見も 含めて満席となりました。恐れ入りますが1時に予定しております イルカのショーをお楽しみ下さい。」

時計を見ると12時15分前。

そりゃそうだ。これだけ人が多いのだから12時のアシカのショーは 無理でしょう。一時間近く時間を潰してイルカにしよう。

そこで慎重な私はイルカのショーの入口にいる係りの女性に1時からの イルカのショーは、何分前に入場したら確実に座れるかを尋ねる。

案内嬢曰く。

「そうですね。恐らく30分前には満席となりますので早めに席に 座ったほうがよろしいですよ。」

慎重に慎重を期す私は僅か10分で周りの水槽を見学して 開演一時間前、つまり12時に入場することとした。

入ってみると。結構大きなプールが円形劇場さながら下のほうに 広がっている。手元のパンフレットによると直径25メートル。客席だが 1350人収容できると書いてある。ホテル内の施設にこれだけのものを しつらえるのは大したものである。さすが大手系列のホテルである。

さて、開演まで一時間もある。先ずは、席の確保である。今のんびりと 場外施設の水槽を覗いて楽しんでいる人がいずれ慌てて入場して来る だろう。彼らが楽しんでいる時間を放棄しているのだからこの機会ロスを 取り戻すべく、最良の席に座らねば早く来ている意味が無い。

未だ人はまばらだが、中央入り口から離れた奥の場所に行き、プール に近い前列を目指す。中央入り口付近は最後の案内アナウンスを 聞いて客が殺到するだろう。開始前に近くでざわざわされると集中力 を失う。そこは避けよう。またプールに近い前列だが、イルカが飛び跳ねる リアルさは至近距離でなければ駄目だ。充分計算してのことである。

さて、ではどこの席に座るか。。。良く見るとプールから一番近い1列目から 3列目までは赤いテープが貼ってある。4列目から7列目までが黄色い テープ。意味は直ぐ分かった。
赤いテープが貼ってある席はいわゆるレッドゾーン(=危険地域)である。 黄色いテープが貼ってある席はイエローゾーン(=警戒地域)である。

この意味も直ぐ分かる。昨年、南房総にあるXXシーワールドでシャチの ショーを見たとき、シャチが飛び上がって水面に落ちる度に大きな 水しぶきが上がりそして前の方に座っている客にその水しぶきが直撃 する姿を覚えているからである。

我々親子はレッドゾーンとイエローゾーンのボーダーである前から3列目 の席に決めた。

さて、30分経過。つまり開演まであと30分。場内にアナウンスが響き渡る。

「着席の際には充分、水しぶきにご注意下さい。今日のイルカはいつも より元気です。赤と黄色のテープの貼ってある席は、バケツ一杯分の 水しぶきがお客様に掛かることがございます。ビニールの合羽(かっぱ)を 用意しておりますのでお早めにご購入下さい。XX水族館特製で一着 100円でご購入頂けます」

最初は多少水に掛かっても良いやと思っていたが、時間が経つにつれ 黄色い合羽姿の人達に取り巻かれるようになり不安感が増す。

娘が「黄色い合羽を着たい」と言うやいなや、その言葉を待っていたように 直ぐに二百円を娘に渡し買いに行かせる。

コンパクトに畳んであるが、一度広げて着たら二度と畳めない代物。
これは使い捨ての消耗品である。

早速、この黄色い合羽を着る。

再度、アナウンスが響く。

「本日、皆様の前でショーを演じるイルカの名前はXXちゃん、YYちゃん。  。。。それに一頭はXXクジラの仲間も含まれています。今日はお陰さまで  いつもより元気一杯です。充分、水しぶきには充分ご注意下さい。バケツ  一杯分が掛かりますから。。。」

開演15分前。

今まで単にプールで泳いでいただけのイルカ達が、インストラクターの指示の もと、気合の入った練習を始める。単なるイルカではない。スターイルカなの である。深く潜り、凄い勢いで長細い口から水面を飛び出し、そして空中で 一瞬体を静止させ、そして見事に水中に落下する。大きな水しぶきが立つ。 しかし、中央で落下を繰り返すので客席にまで届かず。

こりゃ、本番になったら大変なことになる、何せ8頭のイルカが各コーナーから 飛び跳ねるのである。アナウンス通り、確実にバケツ一杯を掛けられてしまうだろう。

娘に緊急指令を下す。合羽は頭からきちんと被ること。キテイーちゃんのバッグは 席の下に隠すこと。靴下を脱いで、靴も席の下に隠すこと。指示をしながら、私も 全く同じ行動をとる。

ついでに、娘にはこうささやく。

「ほれ。あそこの赤と黄色のテープが貼ってある席に座っている家族がいる  だろう。あいつら、合羽着ていないからバケツ一杯の水が掛かり大変な目  にあうぞ。イルカを見るよりあっちを見てるほうが面白いぞ。。」

娘は黙って最後の練習に励んでいるイルカを見つめている。

さて、待ちに待った1時。開演時間である。知らないうちに場内は満席。立ち見 も一杯。

イルカ達が4つのコーナーに分かれて次々と演技を続ける。背面歩行、 シンクロジャンピング。インストラクターを背に乗せてのロディオ。むかし見た テレビマンガ「海のトリトン」を思い出す。さすがスターである。ミスはない。かつて どこかで見たシャチとは違う。

でも、我ら親子にはいつになっても水しぶきが届かない。確かに10メートル右手 の席に座っている若いお父さんと息子には小さなバケツ一杯分の水が届いた。 すぐさま、従業員がタオルを配っていた。対角線の客にも水が掛かった。左手の 客にも掛かった。でも私と娘には一滴も掛からない。

どうなっているのかと焦り出す。靴下も脱いで、ズボンのすそを膝頭まで 上げて待っているのである。

12分経過。アナウンスである。

「皆様、どうもありがとうございました。それではオールスターメンバーによる  最後の演技です。盛大な拍手をお願いします。」

見事である。8頭揃ってのシンクロジャンプである。綺麗な波しぶきがまたもや 右手10メートル先のあの親子に掛かった。掛けられながらも喜んでいる。

そして、スターの演技が終わった。

インストラクターも台から降り出した。普通の姿に戻ったイルカ達は緊張が 解け水中ですいすい泳いでいる。

場内の客は足早に出口へ向かって動き出す。恐らく別会場で2時から始まる アシカのショーの席を取りに行くのだろう。ここは一時間交代でアシカとイルカ のショーを行っているのである。あっという間に周りから人気が無くなる。

私はゆっくりと水しぶき一滴も掛かっていない黄色い合羽を脱ぎ、そして靴下を 履き、スニーカーの靴紐を結びながらふと計算を始めた。

合羽一着100円。着ていた客は恐らく150人。ということは1万5千円の 売上。そのうち、水しぶきをイルカちゃんに掛けて頂いた客は20人。
ということは130人は本当は購入しなくて良かった客で、この水族館はお客に 無駄使いをさせて1万3千円を召し上げたことになる。合羽の仕入れ金額は恐らく 一着20円程度。ということはこの水族館は客の無駄使いにより約一万円を儲けた こととなる。イルカのショーは一日4回行われると仮定する。ということは一日4万円 である。ここの水族館は年中無休。年365日と計算すると約1400万円は使わ れない合羽から利益を上げることとなる。但し、リピーターだとこの合羽を持ち帰る。 予め自分の合羽を持ち込む客がいるかもしれない。しかし、この日の客を見ていると 皆新調の合羽を着込んでいた。ということはリピーターも含めて合羽はその場で 新規購入していることとなる。何せ開いたら二度と畳めない代物だから。
一着100円。。。。入場料の高さ、ここまでの交通費、場内で販売している生ビール、 ジュースの値段からしたら小さな金額。。。
しかし、1400万円の利益があればアルバイトを何人雇えるだろう。。。待てよ。この 施設の維持コストを考えると入場料ではまかなうことは難しそうだな。じつは、この合羽 が隠れた大きな収益源となっているのかもしれない。。。。考え出したら切りが無い。

ふと我に返り、隣の我が娘を見つめる。

黄色い合羽を着たまま、イルカの泳ぎに声を上げ、手をたたいている。


そして私の方に顔を向け、笑顔で。


「パパ。楽しかった。ありがとう。」


私は下らない計算を忘れ、娘と一緒にすいすい泳ぐイルカの姿を見つめることとした。


執筆者

未知倶楽部室 室長 賦勺尚樹

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