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道の駅で見つけた宝物

Vol.4      いわし丼 / 道の駅オライはすぬま(千葉県山武市)

『花倶楽部』温室群への入り口
『蓮味』の大人気メニューのイワシ丼

『花倶楽部』温室群への入り口
潮の香り漂う海の道の駅

 オライはすぬまは、九十九里浜にほど近い、潮の香り漂う海の道の駅だ。ここ蓮沼が漁業の町であることを示すように駐車場の片隅には漁船が看板代わりに置かれている。オライとはこの地方の漁師言葉で「私の家」という意味らしいが、オラの家が縮まったのだろうか、そんな朴訥な名前に似つかわしく、建物もこぢんまりと好感が持てる佇まいだ。
  すぐ近くには蓮沼海浜公園があり、夏場には観光客で賑わうのであろうが、訪れたのはまだ5月。そろそろ暖かいとはいえ、周辺にまだ観光客の姿は少ない。しかしこの道の駅は地元らしきお客さんたちでかなりのにぎわいである。昼近いのでまずは食事をとレストランを覗くと、既に店内は満席に近い。メニューは丼ものや定食、カレーなどシンプルなラインナップだが、イワシや蛤など、いかにも九十九里らしい食材が使われていて食欲と興味をそそる。
 店内ではおばさんたちが元気よく働いている。いらっしゃいませっ、の声に迎えられて早速注文したのが、今回のレポートとなったいわし丼。何となく予感はあったが、これが大当たりであった。三枚におろした大振りのイワシを骨だけ除き、身の部分2枚を重ねて揚げたイワシ天が3本。それをどんぶりご飯に載せタレをかけ、針ショウガと刻み海苔をふりかけた素朴な丼だが、天ぷらの揚がり具合、たれの適度な甘さ、ご飯との絡み、どれも絶妙で箸が止まらない。あっという間に完食した。絶妙な味とは言えど、そこはかとなく素人臭さも漂っていて、そこがまた文字通りいい味を出している。料亭や高級割烹ではぜったいに味わえない類いの「旨さ」なのだが、このあたりのニュアンスは分かってもらえるだろうか。たとえば道の駅グルメというジャンルがあるのならそれがしっくり来る感じで、このイワシ丼ならばまちがいなく上位入賞であろう。レストランの名前は蓮沼の味ということで『蓮味』。その副店長の秋葉喜美枝さんに話を聞いた。
 『蓮味』は2005年のオライはすぬま設立と同時にオープンしたレストランだそうで、秋葉さんは店長の今関芳子さんとともにオープンから在職している幹部スタッフだ。このイワシ丼もオープン時からあるメニューで、地元の奥さんたち中心のスタッフで考えに考え抜いてできたものだという。
 材料のイワシは銚子に揚がった新鮮なものを毎日取り寄せている。食べやすいように三枚におろして骨を除く作業は当初は自分たちでやっていたが、現在は地元の業者に任せている。というのも、このイワシ丼、やはり『蓮味』の大人気メニューで、平日でも200食、土日や休みの日には300食以上出るため、とてもではないがスタッフだけでは捌ききれなくなり、今ではきれいにおろされたものが毎朝店に届く。300食と言えば、一食にイワシ3匹であるから900匹。たしかにそれを捌いていたら店をやっている暇が無くなるだろう。
 なんといっても苦労したのはタレだそうで、5年前のオープン前に全くの素人集団だった今関さんら『蓮味』のスタッフ(全員女性)が集まり、何度も試食を重ねてようやくたどり着いた味だそうだ。自分たちだけではなく、道の駅の他の部門のスタッフや商工会、漁業組合の方たちにも意見を聞きながら、少しずつ味や調理法、盛りつけなど細部も同時に調整していったという。イワシ丼が今や『蓮味』の看板メニューとなったのも、こうしたスタッフの努力があったと聞けばうなずける。
 道の駅を回っていて、一番楽しみなのはその駅で味わえる食べ物だ。レストランのメニューでも売店で売っている軽食でも、その駅ならではの地域の味に出会うとうれしくなる。しかしその反面、がっかりすることも実に多い。どこでも食べられるようなおざなりなメニューや、判で押したように手打ちそばやうどんが出されているのを見ると、正直もう少し考えられないものかと思う。実際に食べてみてもこういう店の食事は大抵まずい。
 その点『蓮味』は、メニュー数は少なく料理も凝ったものではないが、このイワシ丼のようなこれが蓮沼の味という看板料理を作り上げている。飲食とは不思議なもので、こういう自信の一品があると、それ自体がその店の基準となり、他のメニューの質も押し上げる。それが『あの店はおいしい』という評判を生み、客がさらに押し寄せるという好循環を生む。そのためには一にも二にも、とにかくおいしいことが大切なのだが、同時にそのおいしいものを作り上げるプロセスがさらに重要なのである。このプロセスを経た店は、店の雰囲気やスタッフの態度などにも化学変化を起こし、必ずおいしい『匂い』がするものだ。
 その意味で『蓮味』には、店に入ったときからその『匂い』があった。その匂いどおり、期待を裏切らなかったイワシ丼の味。まさに道の駅の飲食はこうあって欲しいという見本となる例だと思う。

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