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未知倶楽部コラム

地域の力 津軽の偉人達

2008年09月22日

9月18日津軽半島にある道の駅`もりた地球村’を訪れました。

九州から関東にかけて台風13号の影響で天気が荒れ狂っておりましたが、津軽半島はそのような動きとは全く関係がなく、穏やかな秋を迎えておりました。刈り入れ時を待つ黄金色に色づいた稲穂が津軽平野を埋め尽くし、またリンゴ畑の木々もあと数週間の採り入れを前に最後のエネルギーを振り絞って実をつけておりました。

こちらの駅長の今様には、訪れるに当たって地域の魅力的な人を紹介して頂きたいことを事前にお伝えしておりましたので、どのような方をご紹介頂けるか期待で胸を膨らませておりました。

 一番最初にご紹介頂きましたのは長谷川自然牧場の長谷川光司様。

牧場に着き、車を降りると元気な鶏達が走り回っております。放し飼いの鶏です。さて、牧場主の長谷川様ですが、身長は190cm近くあるでしょう。逞しい体つきの方です。お互いの名刺交換もそこそこにいきなり養豚場を案内頂きました。以前他の養豚場を訪れたことがありますので、あの鼻を摘むような強烈な悪臭を覚悟しておりましたが、なんとここにはそのような臭いがしません。仄かな炭の匂いと活き活きとした動物としての匂いだけです。豚も元気いっぱいです。出産を間近に控えたメス豚が横たわり激しい呼吸を繰り返しています。仔豚達は我々が近づくと警戒することもなく鼻をヒクヒクさせて近寄ってきます。

その一種異様な風景を後にして、次に飼料置き場を案内して下さりました。

入り口付近には茹で上がったばかりのジャガイモ、また別の場所には廃材が無造作に置かれております。さて中の方に進みますと、木屑に覆われた盛り上りが見えます。その中に長谷川様が手を入れ、私にもそれを促します。恐る恐る手を入れてみますと温かい。熱を生み出しています。藻くず、こぬか、パン、イースト菌、納豆菌等食べ物の残り物から出る菌を培養しているのです。そこに炭、ミネラルの豊富な海水を加えて飼料としているということです。いわゆる発酵飼料です。その温度は67℃前後に保たれているということです。

飼料の元となる材料は、地域の他の場から廃品として手に入れ究極のリサイクルを実現しております。加工飼料は一切使わっておりません。また豚も自然のままに育てており、その為に病気にはなりにくいとのことです。

面白い話を伺いました。

昔の話です。長谷川様は長期に牧場を留守にしなければなりませんでした。戻ってみるとなんと10頭の豚が死んでいたということです。その理由ですが、ここの豚は長谷川様からしかえさを貰わないからです。よく犬の場合、飼い主からしかえさを貰わないという話を聞きますが、豚でもそうなのです。それだけ長谷川さんの愛が豚に伝わっていることの証です。

飼料場の後、養鶏場に向かいます。大きな体の長谷川様が中に入ると一斉に鶏が外に出てきます。元々はこの牧場は養鶏場だけだったのだそうです。農薬を使った牧草を嫌い、鶏に上げる牧草を育てるために自然の堆肥を求め養豚場を設けたとのことです。ここの鶏はストレスを全く感じないで育てられているため卵は常温で数ヶ月は持つとのことです。冷蔵庫に入れてはいけないそうです。生きているからです。

ここで頂いた卵を自宅に戻りかけご飯にして食べたのですが、臭いは全くしない。自然のエネルギーを注入したような気分になります。

養鶏、養豚で最も大切なことは‘愛’であることを痛感しました。愛情を注げば病気にもなりにくく、そして品質の高い卵と豚肉が出来る。理屈ではなんとかく判っていても飼料、堆肥から含めて自然循環飼育を徹底させることは容易ではありません。その徹底振りに大変感銘を受けました。

尚、ここの牧場では体験学習を行っており、宿泊することも可能だということです。多くの子供達が体験を通じて大切なことを学んでいるということです。

 二番目にご紹介頂いた方は、木村興農社の木村秋則様です。

2年前NHKの『プロフェッショナル仕事の流儀』で紹介された方です。前歯の欠けた口を大きく開いて笑顔で迎えて下さりました。

現在津軽平野に広がるリンゴ畑は大きな実を付け数週間後の採り入れの時期を待っております。木々は整然と並び、根元には雑草が生えていないというのが当たり前の光景です。ところがここの畑は雑草が無造作に生えております。その中に逞しく木が立っているという様です。

この木村様の無農薬への執念はNHKの番組と最近出版された『奇跡のリンゴ』(幻冬舎)の中で詳しく述べられておりますのでここでは割愛し、木村様が笑顔ながらも時折、真剣な眼差しで私に語って下さったことをご報告します。

  @‘ここの畑の木はリンゴの木ではなく単なる木である。’
    *恐らく育てているのはリンゴの木だけでなくその木を取り巻く全ての生態系であることを言われたのだと思います。

  A‘無農薬にし始めたときリンゴの木は禁断症状に苦しんでいた。’
    *農薬はリンゴの木にとって麻薬であった。自然の生態系へ戻るときに苦しんだ様を表現されたものだと思います。

  B‘農業とは作物が自分で生きようとするする活力を見守ることである。’
    *リンゴの木がなったのは自分の力ではなくリンゴの持つ生きたいという力であるということを表現されたものだと思い
     ます。謙虚な方です。

  C‘今の人間はコンピューター、インターネットに支配されている。それは数十年前から見抜いていた。人々は現場、生の世界
     から情報を取ることを忘れてしまった。’
    *効率化を進めるために人との関わりを喪失してきている今の社会について警鐘を鳴らしております。

  Dリンゴの葉の裏を見せつつ。。
    ‘真ん中に太い葉脈があるがこれが東京。この中央道から葉の端に伸びている細い葉脈の一番先にあるのが地域。この
     一番先を大切にしないと国は滅びる。’
   *都会と地域は密接に関係している。地域が滅びると都会が滅びしまいには日本も滅びてしまうことをご指摘されています。

  E成功例を聞きたがりそして安易に実践する人ばかり。本当に学ぼうとする人は少ない。
    *本当に苦労をする気があるなら失敗例こそ聞きたがるもの。
     そのような気概のある人が少ないことへの嘆きと思いました。

  F人間の顔には何万という菌がいる。良い菌も悪い菌もある。これが共生しているからこそ肌が保て、外部からの悪い菌を
     寄せ付けない。しかるに石鹸、化粧水だが、あれは菌のバランスを崩し肌を傷める。
    *善悪には隔たりはない。自然はそれらを共生させることにより美しさを保っていることを指摘されたのだと思います。

木村様のお言葉は全て哲学的でありまた宗教的とすら感じます。自然との闘い、人間との闘いの中から生み出された心にずしりと響くお言葉です。

木村様からリンゴを頂戴しましたが勿体無くて食べられません。

 三番目にご紹介頂いたのは、山谷義美様です。

黄金色に色づいた津軽平野の畑でひとり黙々と作業をされておりました。大変背の高い方です。

山谷様は完全無農薬で‘つがるロマン’を栽培をされておられます。嘗て、農薬散布により家族、友人が病に倒れる様を見て無農薬栽培を志したとのことです。永年に亘って農薬、化学肥料によって失われた土本来の力を蘇らせることにより病気、冷害に強い稲を育てております。

この畑には稲の周りに雑草が生えております。自然の力で稲を育てる為に雑草と共生をさせております。

稲穂を手に取り、説明して下さりました。

‘大抵この時期の他の畑だと稲穂が整然と同じ色に並んでいる。でもうちのは違う。真っ先は黄金色に熟しているが手前は未だ緑色であり綺麗に並んでいない。これは最後の最後までエネルギーを出し尽くそうとしている様だ’

‘田心農魂’が山谷さんのモットーです。

普通刈り入れ前のこの時期の畑には人はおりません。でも山谷さんは一日中立っているとのことです。それは稲と語り合うためです。それが田心農魂です。

‘儲けるためではない。人の為にそしてこの村の為に尽くしたい’との言葉を、以前山谷様にお会いした方から聞きました。

津軽半島から大変優れた地域力を感じました。この小さな森田村周辺から世の中を変える偉人を発見しました。

今回お会いした3名に共通していることは大変謙虚でありそして優しさに満ち溢れていることです。本当の苦労を味わった人にしか出せない優しさです。

津軽平野は見渡す限り広い地平線が広がっております。そこに岩木山が勇壮な姿で立っております。
夕暮れ時です。黄金色の畑に橙色の大きな夕日が落ちるのを目にした時、ふとこの同じ光景を3名とも見つめているのではと感じました。

私はこの夕日を見ながら、都会で喪失しているものが間違いなく地域にはあり、この地域のパワーを結集することによって狂い掛けた日本を建て直さねばいけないと心に誓った次第です。

執筆者

未知倶楽部室 室長 賦勺尚樹

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