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未知倶楽部コラム

道の駅訪問記〜島根県赤来高原編〜

2008年04月08日

◆道の駅訪問記〜島根県赤来高原編〜

島根県の飯南町に道の駅「赤来高原」があります。

ここは薬膳料理を提供する道の駅としてとても有名です。

さて、この道の駅に面する国道を渡りますと銀山街道があります。嘗て石見銀山で採れた銀を運んだ道です。

その通り沿いに古い酒蔵があります。私は地酒に目が無いのでそこを目指しました。

店の前に立つと中にお年寄りが一人いらっしゃいます。旧式のガラスの扉をガラガラと開き店に入り、その支配人らしきお年寄りに向かって、東京から訪れた旨を告げたところ、その方は大変親切な方で、‘是非酒蔵を見て行ってください’とおっしゃって下さり丁寧に酒蔵内 をご案内頂きました。

一通りご案内頂いた後、‘この近辺にどこか面白い所がありませんか’とお尋ねしたところ、‘直ぐ近くの小学校の脇道を登ると小高い丘があり、そこの頂上には瀬戸山城址があるので体力があったら登りなさい’と言われました。

その支配人曰く、‘そこは戦国時代に尼子毛利の合戦の舞台で、城主が赤穴氏であった。激しい攻防の末に大群で攻めて来た大内氏に敗れたが今でも石垣があり昔を偲べる’とのこと。

最後に名刺を頂戴したところ、そこには「赤名」姓が書かれておりました。

‘ひょっとして「赤穴氏」とご関係でも。。’と尋ねたところ、赤穴家から数えて20何代目の末裔とのことでした。

良く戦国武将で敗れた方は、姓を微妙に変えて生き延びるという話を聞いたことがありますが正しくその話です。

ここまで伺ってその瀬戸山城址を登らねば人とは言えぬと思い、小学校の脇道から頂上を目指して登ることとしました。

ちょうど台風一過の後だったせいか、山道はぬかるみ、倒木は至る所にあり、上に向かえば向かうほど険しく足元が心もとなさを増していきました。

登ること30分で何とか石垣に近づけましたが、どうしても石垣の頂上に登るための足場が見つかりません、無理を承知に試みることも出来ますが、危険を感じて断念せざるを得ませんでした。赤穴氏の霊の仕業でしょうか。

仕方なく、恐る恐るその丘を下り、報告がてらその酒蔵の店の前に戻りましたが、何故か店は閉まっています。休憩時間だったのでしょうか。

疲れを癒すために、道の駅「赤来高原」へ行き、コーヒーを頂戴し一服していたところ、店内にあの酒蔵で製造している地酒があるのを見 つけました。早速お土産に2本ほど買いました。

東京の自宅に戻り、感慨深くその地酒を飲んだことは言うまでもないことです。

様々な歴史が雲南地区には眠っております。
執筆者

未知倶楽部室 室長 賦勺尚樹

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