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未知倶楽部コラム

高橋さんの想いと共に...

2007年10月03日

去る9月4日、NPO法人樽見鉄道を守る会の高橋順子理事長が他界、享年56歳まだまだ若い死である。

高橋さんとの出会いは、今から3年程前、岐阜県の「道路を語る会」なるものがあり、東濃地域の代表としてその会に出席した時、事例発表で「樽見鉄道を守る会」の活動を発表された時が初めてで、その時は何も会話する事はありませんでした。

それから、昨年、「岐阜県れんげ賞」という賞をNPO法人樽見鉄道を守る会が受賞され、その受賞式では、毎回「旅行ペンクラブ」の方々が講演、シンポジュームを開催され、観光、人との交流について勉強になるお話が聞けるので私も出席させて頂きました。

受賞式後、受賞者を囲んでの懇親会がありその席では、高橋さんとは名刺交換しました。

そして、本年、4月より始まったGBS岐阜放送・AM岐阜ラジオの「ビビッとワイド今小町」という番組で「市民サポーター」(地域の話題、情報を提供する人)に参加、高橋さんも本巣市根尾の市民サポーターでした。

そして、9月1日に番組が始まり、半年が過ぎ、それぞれの地域のサポーターとAM岐阜ラジオのスタッフが集まり懇親会を、中津川温泉「クアリゾート湯舟沢」で開催しました。

総勢30名程集まりました。

高橋さんも、事務局長とお二人でおみえになりました。

高橋さんにご挨拶「中津川までどれ位かかりましたか?」と聞くと「5時間、朝7時頃出て、下道(高速、高規格道路を使用しない事)を来たのでのんびり来ました。」との事でした。

5時間掛けて、わざわざ当地まできた訳である。

会は、午後1時から午後7時頃までと長時間なり、高橋さんとは故郷に対する想いなどをお伺いし、その中で高橋さんは農業にも力を入れられており、最近「にんにく」を栽培し、味噌やタレの加工品も製造されているとの事でした。

その「にんにく」は、無農薬でにんにくは比較的病気にもかかり易く、なかなか健康なものは栽培出来ないとの事ですが、にんにくの産地で有名な青森県に出向き、研究を重ねて無農薬で健康な「にんにく」を栽培されたとの事でした。

想い入れのあるにんにくなので、販売にもこだわり、高橋さんが気に入ったところで扱って欲しいとの事でした。

そこで、私共の「道の駅」で取り扱って欲しいとのお話を頂き、その席では詳しい話は出来ませんでしたが、その日は中津川市内で泊まり、「次の日に道の駅にいくから...」と言われ、9月2日の午前中に、道の駅にお越しいただき、約1時間、にんにくへこだわり、樽見鉄道のお話を聞き、「近日中に、にんにく、にんにく製品のサンプル送るから...」と別れました。

その後、高橋さんは長野県の赤沢備林の森林鉄道へ視察に行かれました。

そして、9月5日に市内でイベントがあり、知人に「今日の新聞見た?」と言われ、その日は新聞に目を通してなかったので、「見ていない」と答えると、「高橋順子さん、亡くなったぞ」との事。

思わず「うそ...」と声を上げました。

3日前にお逢いしたばかりでした。

新聞によると死因は、心筋梗塞でした。

その後、GBS岐阜放送から、メール、お電話にて通夜、葬儀の日時のご連絡を頂きました。

しかし、仕事の都合上、どうしても通夜、葬儀に参列することが出来ませんでした。

そして、先日、岐阜市に行った折、少し遅れましたが、高橋さんのご自宅へお伺いしました。

同じ岐阜県内でも根尾へは行ったことが無く、車載ナビ頼みで行きました。

ご自宅はずくに解り、車を降りてご自宅の玄関近くへ行こうとしたところ、家の中から男性の方が出て来られたので、名刺を渡しご挨拶したところ、高橋さんの御主人様でした。

「妻からお話は聞きました。中津川から遠い所までわざわざ有難う御座います。」

「中津川から帰ってきて、大変楽しかったと言っていました。三尾さんの事も妻から聞いておりました。」とのご挨拶頂き、ご自宅の墓前に手を合わさせて頂き、それからまた、ご主人様とお話させて頂きました。

高橋さんの遺影の周りには、沢山の写真が飾ってありました。

ご家族との写真、NPOで活躍されている活き活きとした高橋さんが写っていました。

高橋さんは中津川から帰って来た時、少し疲れた様子ではあったたが、まさかこんなことになるとは思っていなかったとの事。

その他にもいろいろとお話をお伺いしました。

お話を聞いてみると、ご家族ぐるみでNPO法人樽見鉄道を守る会を支えて、地域振興にご尽力されていることが良く解りました。

NPO法人樽見鉄道を守る会の会員は、現在約350人で「これから皆様に連絡をとって...」とご主人様は大変お忙し様子でした。

帰りの際には、ご長男のお嫁さんが「母が渡せなかったサンプルです。」と言って、にんにく味噌と特製のタレを頂きました。

離れの軒先には、沢山のにんにくが吊るしてあり、それを指して「あれをお母さんが残してくれました。レシピはお母さんから聞いているので、それに従って作ります。」との事でした。

頂戴したサンプルは、会社に帰ってから早々に試食しましたが、高橋さんの思いが感じられ、もちろん風味良く、美味しい製品でしたが、それよりも涙が出てきて止まりませんでした。

翌日には、ご長男のお嫁さんより電子メールを頂き、「母の49日が過ぎたら、中津川へ商品のお願いにお伺いします。」と記してありました。

きりら坂下 にんにくみそ
にんにく味噌と特製タレ

私共では、このにんにく製品を販売します。

高橋さんの想いと共に...

最後になりましたが...

高橋さんのご主人から、高橋さんは臓器移植、ドナーに登録されており、脳死判定され臓器移植されたようです。

岐阜県では、5年前に初めて脳死判定で臓器移植されて高橋さんが2例目だそうです。

もっと沢山の臓器移植がなされていると思っていたのであまりの少なさにビックリし、臓器移植の難しさを感じました。


*NPO法人樽見鉄道を守る会
http://www15.ocn.ne.jp/~e91cobhn/
http://www.koubou-yufu.jp/tarumi/kousou.pdf

*旅行ペンクラブ
http://www.tabipen.com/

*GBS岐阜放送・AM岐阜ラジオの「ビビッとワイド今小町」
http://www.zf-web.com/wide/vivid/
執筆者

道の駅きりら坂下 支配人 三尾弘成

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